息吹
新しい取り組み、新しい試み、そして新しい人…
───ダイナミックサポート・ヘッドレスト───
むち打ち症軽減ヘッドレストを京都大学と共同開発
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田中 正利
〔ダイハツ工業株式会社
技術開発部
車両技術開発室 課長〕
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あまりに多い「むち打ち症」に苦しむ人たち
私は入社後、ボデー設計部で軽自動車の車体設計を担当し、12年前に、当時できたばかりの現在の技術開発部に移りました。
私が先行技術テーマとして、むち打ち症を軽減するヘッドレストに取り組んだのは10年前でした。
当時、車両後部から追突されて、むち打ち症の症状に苦しむ人が年間約40万人もおられ、損害保険会社の支払う保険金額の70%を占めていたのです。むち打ち症は14、15等級という低い傷害程度とされていますが、被害に遭われる方の数が多いのです。
追突されたときの不安を払拭
それと、軽自動車やシャレード(当時)などのコンパクトカーのお客様アンケートを見ますと、大型車に追突されたり、衝突に至らないまでもすぐそばや後ろに接近されたときに「安全への不安」「衝突への不安」イメージを抱かれていることがわかっていました。スモールカーメーカーとして、不安イメージを払拭しないといけないと考えていました。
われわれ技術者は、「自分が研究開発した技術が世の人のため、社会に貢献できなければ何にもならない」と考える“人種”ですから、「よし、このテーマに取り組もう、製品化しよう」と始めました。
安全は、環境とともに自動車技術の最大テーマです。各社ともABSなど制御系によるアクティブセーフティやエアバッグなどの研究開発を進めていましたが、むち打ち症の軽減については、自動車業界ではまだ着手されていない未知のテーマでしたので、研究開発にファイトが湧いたのです。
未解明の「むち打ち症」発生メカニズム
ところが、いざ始めてみると、すぐに壁にぶつかってしまいました。
むち打ち症は、なった人をいかに治療するかという医療分野での研究は相当進んでいたのですが、傷害が起こるメカニズムについてはまったくといってよいほどわかっていませんでした。治療によって頸椎のズレが元に戻っても、引き続き頭痛や肩こり、手足のしびれを訴える人がいる。あるいは、追突の速度や角度によって、どういう人に(年齢・性別等々)、どういう傷害が出るのか、などの定量的な事故調査データは皆無でした。
つまり、むち打ち症の症状を軽減するといっても、何に対して、いくら軽減できたのか実証のしようがないのです。“お手本”となる技術がどこにもないテーマだったのです。
まず人間と同じ「頸椎モデル」を独自に作って
そのとき、私は発想を大転換しました。「ダイハツが独自に、人間とまったく同じ頸椎モデルを作り、それをダミーにつけて実験をしないと、むち打ち症を軽減するヘッドレストは開発できない」と。それが7年前でした。
当然のことながら、頸椎、首の骨の研究蓄積は当社はおろか、自動車メーカーにはまったくないわけですから、整形外科学会を特別に聴講させてもらったり、世界中の医学専門書を読んだりする毎日でした。
そんなとき、生体工学がご専門の京都大学の「再生医科学研究所」の堤定美教授(博士)の研究グループと出会い、移植などの再生医学に基づく人工骨・人工靭帯などを作っていただき、人体とまったく同じ頸椎モデルを作り、これをダミーの首に取りつけたのです。
京大・再生医科学の専門家の協力を仰ぎながら

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京都大学と共同開発した
頸椎モデル |
こうして頸椎モデルをつけたダミーによる実車や擬似台車の衝突実験を社内で繰り返し、高速度カメラで追突時の頸椎の動きを撮影し、それを堤教授の研究室でコンピュータ・シミュレーションで分析していただき、追突されたときに、頸椎がどのような動きをして、それによってどのような現象が起こるのかを知ることができるようになりました。
それに伴い、社内でさまざまなヘッドレストのプロトタイプを試作し、頸椎モデルのダミーで実験を行い、その効果測定を続け、それを堤教授のグループで分析評価していただきました。
頸椎モデルの衝突実験は100回以上

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ダイナミックサポート・
ヘッドレスト試作シート
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こうして、頸椎モデルの衝突実験は延べで100回以上やったと思いますが、社内での試行錯誤と堤教授のアドバイスの結果、ようやく「ダイナミックサポート・ヘッドレスト」の技術を確立し、8月30日に発売した「YRV」に採用することができたのです。
このヘッドレストの機構は、簡単に言えば、後面衝突時にシートバックに体(背中)が押しつけられる力と動きを利用して、テコの原理でヘッドレストを前方に移動させ、後頭部を柔らかく受け止めてやることによって、頸椎への衝撃を緩和するものです。
時速5km/hの速度で後ろから追突された場合、0.14秒後に頸椎に100kg/cm2の荷重がかかると言われています。ただその程度の速度の衝撃はドライバーが一瞬身構え、首の部分を硬直させることができれば、ほとんどむち打ち症になりません。ところが後面衝突の場合、ドライバーは無意識であるがゆえに、人が反射するまで0.015秒かかり身構えることは不可能なのです。
ダイナミックサポート・ヘッドレストでは、後面衝突の状況によって違いますが、頸椎のズレを大幅に抑えることができ、それによってむち打ち症の被害を軽減できると考えられます。
社会貢献できる技術を開発する“技術者魂”
むち打ち症の軽減というほとんどメディカルの分野で、“自動車屋”の自分が取り組んで約10年。その間、「もう商品化はあきらめよう」と何度となく考えましたし、実際、研究予算も削られました。
しかし、上司から「われわれの仕事は、新しい技術を開発・商品化して、社会に貢献することだ。あきれめるな」と叱咤激励され、また堤教授の研究グループに支えられたことが、ダイナミックサポート・ヘッドレストを開発できた原動力になったと思います。
これからも、「社会に役立つ技術を開発し、それを低コストで実現・商品化する」という技術者にとっての“冥利”を体験すべく、新しい技術テーマに取り組んでいきたいと思っています。
(たなか まさとし)