On the Road Together
−在欧自動車メーカートップに聞く−
第2回
世界の工場とつながる欧州生産
〜グローバル化を進化させるホンダ〜
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高野 明
【ホンダ・オブ・ザ・ユー・ケー・
マニュファクチュアリング・ リミテッド
(略称HUM)社長】 |
1949年 千葉県出身
1972年 東北大学工学部卒業 本田技研工業(株)入社
本田技術研究所和光センター配属
1994年 同研究所 取締役
1996年 本田技研工業(株) 取締役
1998年 ホンダ・モーター・ヨーロッパ・リミテッド副社長
兼 ホンダ・オブ・ザ・ユー・ケー・マニュファクチュアリング
・リミテッド社長に就任、現在に至る |
欧州生産の黎明期、委託生産から自社工場建設へ
●HUMはこの3月累計生産台数100万台を達成されたばかりですが、ここに至るまでのホンダの欧州現地生産の歴史を振りかえっていかがですか。
ホンダの完成車生産が英国でスタートしたのは約10年前の92年です。ただし、ホンダが基本設計した車の欧州現地生産はそれに先行する1979年、当時ブリティッシュ・レイランド社、略してBL社と呼ばれていた後のローバー・グループとの技術協力から始まっています。
HUMは85年、ロンドンより車で1時間半ほど西郊外に向かったウィルトシャー州スウィンドンのサウスマーストン飛行場跡地に設立されました。翌86年にまず、BL社で委託生産した車及び日本から輸入した車のためのデリバリー前の完成車検査(PDI)工場が稼働し、そして89年に、BL社に供給するためのエンジン工場が同敷地内に完成しました。欧州専用モデルのアコードの生産を皮切りとして、完成車生産が第1工場で本格的に始まったのが92年のことです。おかげさまで昨年10月生産開始10周年を迎えることができ、またこの3月には、完成車の累計生産台数が100万台を突破しました。
●ローバーとの共同プロジェクトからスタートした欧州事業が、独立独歩の道を歩み出した契機は?
BL社から業務提携の申し出があり、ホンダの「需要のあるところで生産する」という考え、さらに国際協調の精神から同社との技術協力を開始したわけです。ただ、最初のプロジェクトで生産されたのはBL仕様車のみで、ホンダブランドはまだありませんでした。その次のXX計画で初めて、ホンダのレジェンドをベースとしてローバーモデルとホンダブランドの両方が生産されました。とは言え、当時ホンダはまだ英国内に工場を持たなかったため、BL社への委託生産の時代でした。同社とはその後も共同開発を通じて互いに発展する良い関係がしばらく続き、ホンダにとっても良き黎明期だったと言えます。
しかし、ご承知のように、94年にローバー・グループの持ち株会社であるブリティッシュ・エアロスペース社が、BMW社にローバーの株を売却する“出来事”がありました。当時、ホンダとローバーは互いに20%ずつ株を持ち合って英国でのビジネスを補完し合っていたのですが、これをきっかけに、両社が互いの株を手放し、ホンダはUKでひとり立ちしていったわけです。
英国で新鮮に映ったホンダ哲学
●英国ならではのむずかしさはありますか?
私はHUMの社長に就任して5年になりますが、ご存知のように競争が激しい欧州の自動車業界にあって、言うならば強い向かい風が吹き荒れるなか、工場を新設してフル稼働にもっていくということは、確かに容易ならざるものがありますね。
ホンダとして欧州では完成車生産開始からまだ10年ですが、創立期に入社した人々が今ちょうど、どんどん主力として育ってきてくれています。私自身は工場立ち上げの時代に立ち合った人間ではありませんが、英国固有のむずかしさというよりは、車づくりが初めての人たちにホンダ哲学と車づくりを定着させていくのは相当苦労があったと想像します。
●管理職も現場の人と一緒に食堂で食事をとるというホンダの開かれた社風は、当時の英国に大きなインパクトを与えたという見方がありますね。
今でも社長室というものはありませんし、社長の私も含めて全員が同じ作業服を着て、社員食堂で皆と一緒に食べています。専用の駐車場も割り当てられていませんから、遅く出社すれば遠くの駐車スペースしか空いていません(笑)。このようなホンダの平等な企業カルチャーは、今でこそHUMでも当たり前になっているかもしれませんが、当初は確かにイギリス人から驚きとともに、非常な感激で迎えられたようですね。
●ローカルの従業員を採用する点でのご苦労は。
工場のあるスウィンドンという地域は、失業率が非常に低い地域なんです。地域住民にとっては良いことですが、裏を返せば仕事のチョイスがたくさんあるわけですから、われわれ生産現場を預かっている側にとっては、安定した労働力の確保という点においてマイナスに作用します。と言っても、離職率が不安定なのは入社後数年だけで、入社間もないころはホンダの良さをわかってもらうために私どもも腐心しますが、そのまま定着する人はホンダの職場としての良さを認めてくれた人ですから、長く残ってくれるようです。