私見ながらむしろ今後に期待したいのは、ヤマハパスやホンダラクーンの進化系として電動アシストサイクルに近い原動機付き自転車をリリースし、限られた性能未満なら自転車と同様と見なされる新規定を制定するように業界を挙げて努力することにあるだろう。
ヘルメットなしで乗れるが、免許証は必要とすること。これにより、現在無灯火や右側通行、一時停止や赤信号無視等、極めて無秩序な状態で社会問題化している自転車乗りのマナーアップに貢献できる期待値も大きい。
親となる大人が正しい使い方をしなければ、ルールやマナーは子どもに伝わらない。例えば免許証は中学生からでもOK。未成年者にはボランティア活動という罰則もありで、正しい交通ルールの基本的な部分を徹底するうえで強制力を持たせることが狙いだ。
交通の仕組みが若いうちに身につけば、歩行者としてはもちろん、やがてライダーやドライバーになってからも、安全運転に対するセンスと能力が養われることは間違いない。
メーカーの利益のためではなく、社会の利益に根ざした事柄なら、新たな規定の制定も認知されやすいのではないかと思うのだ。
いずれにせよ、50ccの需要が増えれば、単なる移動道具としてそれを愛用するユーザーのなかにも必ず何割かはオートバイの魅力を知ることになり、上級オートバイへ移行する潜在ユーザーを育むことになる。広く入り口を開けて、自然な形で若い人も含めた多くの人への普及を促進することが、今後将来の社会に認知される二輪車市場を下支えすることになるということを忘れてはならない。
一方51cc以上のオートバイに関してはどうだろうか。いつのまにか各社のラインアップは大幅に整理され、ビッグスクーターと呼ばれる250ccスクーターの人気が目立っている。なかでも劇画の中から抜け出たような颯爽たるスタイリングで評価を集めたヤマハマジェスティがトップシェアを獲得。
このタイプのスクーターは、広いシート下収納を持つほか、市街地から高速までどこを走るにも十分にキビキビと快適に移動できる魅力が大きい。通勤等の実用ニーズにもかなう足として機能的な存在であると同時に、なかなかどうして立派に見える存在感を併せ持っている点も見逃せない要素だろう。ただ、車体のボリュームは大きめ。もっとスマートなモデルを望む声も確実に存在する。
また95年に改定された免許制度のおかげで自動二輪(大型)免許証が教習所でも取得可能となり、それまで中型限定でくすぶっていたライダーや、リターンライダーなど、オーバー1リッタークラスの高級大型バイクに乗る層が増加したのだ。
そのなかでセールスを伸ばしたのが、長い歴史に培われたブランド力を誇る輸入車系で、特にハーレーダビッドソン人気の高さには国内メーカーにとっては目を見張るものがある。
実際、オートバイは昔言われていたような若者の乗り物ではなくなり、子育ても一段落し経済的にもある程度余裕のある大人の趣味の乗り物としての様相を呈し、メーカーも高価な大型バイクでの商売に目を向けているのが現状と言えるだろう。

スズキ「RG250Γ」 |
過去の流れを振り返ってみると、70年代から現在までにほぼ直線的に販売台数が減少しているのが50〜125ccまでのクラス。当初は宅配等の商売に二輪車を利用しているビジネス用途が残っていたことも見逃せないが、90cc前後の中間排気量を含めて、本格的ライダーへのステップとして多くの軽量級モデルがリリースされていた。
オートバイに興味を抱いた初心者に対してちょっと「これに乗ってごらんよ」と気軽にお薦めできるような製品が数多くあったので、オートバイへの敷居は比較的低く、ライディングテクニックを磨くうえでもリスクが少なく実に好都合な状況が備わっていたのだ。
しかし、ライダーとなったユーザーは自然と上級移行をめざし、レーサーレプリカブームに火がついた80年代からは、すでに二輪に食いついたある一定市場に対して上級移行に応えるラインアップにウエイトを置くようになってしまったのだ。
徐々に大きなバイクへと台替えするユーザーニーズやその期待に応えることはもちろん大切だが、エントリーユーザーに魅力を感じてもらえる商品が減少してしまったのは、市場を安定維持するうえでは、間違いなくマイナス要素となっていると思う。
レーサーレプリカ系の人気に関しては世界GPロードレースや鈴鹿8時間耐久レースの人気も並行していたが、主に250ccクラスのロードスポーツ車にレーシングマシンのようなフォルムと贅沢なパーツを採用して、やや高価でも人気を得たスズキRG250Γのヒットが発端。もちろんそれ以前に兆候はあったし、各社が新規投入するスポーツモデルが、ライバルの性能を凌いでくるのは当然の成り行きだったが、何かにつけてブームになる日本人気質が作用してか、その性能向上ぶりが急激にエスカレートしてしまったのだ。
しかし、各社が目標とする性能の指標のひとつとして、サーキットでのラップタイムでライバルより少しでも速いタイムを競い合うようになってしまったのが間違いの始まりだった。高回転高出力なエンジンを搭載し、深いバンク角を確保、車体もブレーキも強化し、グリップ力に優れたタイヤを履かせる。
どのメーカーでもめざす方向はひとつであり、いつのまにかその価値は速さそのものになってしまった。新しいモデルは必ず古いモデルを凌駕する。最盛期には1年でモデルチェンジされてしまい、逆に言うと自分が購入した愛車が、あっと言う間に陳腐化してしまう悲しい状況を招く。
ましてや決定的なのは、一般ユーザーの多くはストリートで走りを楽しむのであって、サーキットでのポテンシャル向上をめざしたモデルが、実用のニーズとはかけ離れたレベルの世界へと行ってしまったことに気づき、レプリカブームの熱は一気に覚めてしまう。
ついでに言えばその反動が、ストリートをマイペースで楽に走れるネイキッドブームを呼び起こし、メーカーは新型車開発のひとつの目標を失ってしまった。