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特集 韓国自動車市場と産業・経済

韓国自動車産業の現状と今後の課題

金 基燦[韓国カソリック大学経営学部 教授]

1.韓国自動車産業のあゆみ

1)軍用廃車再生とKD組立の日本メーカーの技術支援
 韓国の自動車産業における自動車の生産は、1955年に米軍の中古軍用車を再生して作ったジープ型乗用車の「始発」を生産したのが最初である。この自動車は62年までに3,000台余りが生産・販売された。しかし、本格的な自動車生産は、セナラ自動車(株)が日本の日産自動車との生産技術提携で「セナラ」(排気量1500ccのブルーバードをKD方式で生産)を生産した62年8月以降と言える。66年には、新進自動車工業(株)(現在の大宇自動車の前身)がトヨタとの技術提携で1500ccの「コロナ」の生産を開始した。また、73年に乗用車生産を開始した起亜産業(株)は、マツダとの技術提携で1000cc級のマツダ・ファミリアを「ブリシャ1000」という車名で生産し、ベストセリングカーとなった。このように、初期の韓国自動車産業において日本の自動車メーカーの影響はとても大きかったのである。

2)欧米自動車メーカーとの協力
 新進自動車は、66年にトヨタとの技術提携で「コロナ」の生産を開始して以降、韓国市場での販売好調もあって、次第にトヨタとの協調関係を強化させていった。70年2月には韓国政府の「自動車エンジン工場建設推進計画」によって同社とトヨタは、50億ウォンを投資し年産20万台規模のエンジン工場を建設することに合意した。しかし、トヨタは中国の周恩来首相の「周4原則」のため、72年に韓国から完全撤退することになった(注1)。当時業界1位であった新進自動車はこの撤退を境に凋落の道を辿ることになった。同社はトヨタの撤退の後、GMとの合弁でGMKを設立し、1700cc級のシボレーとレコードの量産を試みたが、これらの2車種の売れ行きは思ったより芳しくなかった。結局、同社はセハン自動車(株)に社名が変更され、78年には大宇グループに買収され、社名も大宇自動車に変更された。
 他方、65年に設立された亜細亜自動車(株)は、70年にイタリアのフィアット社との技術提携で排気量1200cc級のフィアット124を生産したが、76年に国産化計画の失敗で起亜産業に吸収された。
 一方、67年12月ウルサンで設立された現代自動車(株)はフォードとの技術提携で、68年に英国フォードが開発した1600cc級のフォード「コーティナ」の組立生産を開始し、70年代半ばには乗用車市場の80%を占めることになった。

(注1)日中貿易会談で合意した、当時中国の周恩来首相が韓国など反共国家及びその会社に投資するもの、また商社とは貿易しないとした「周4原則」のため、トヨタは1970年4月、中国に参入するために新進自動車との合弁を取り消し、72年に韓国から撤退した。

3)国産固有モデルの開発と設計―生産―販売の国際分業
 74年、現代自動車はイタリアのデザインに、技術提携を結んだ三菱自動車のエンジンを搭載させた、韓国最初の固有モデルである1300ccの「ポニー」の開発に成功し、76年に南米のエクアドルに輸出する成果を上げた。この固有モデル開発の成功は、同社が多国籍自動車メーカーに従属しない独自路線を可能にした原動力として評価されている。こうして現代自動車は、70年代に固有モデル開発に成功した後、80年代の量産・輸出への進出段階、90年代の独自モデル開発段階を経て発展してきた。
 しかし、韓国自動車産業の発展過程がいつも順調であったわけではない。特に第2次オイルショックによって各自動車メーカーは赤字が急増し、81年には政府によって自動車産業に対する合理化のための統廃合措置が行われるようになった。この措置によって、乗用車の生産は現代自動車とセハン自動車2社に集約され、小型商用車は起亜自動車1社に、特装車は東亜自動車(株)1社に集約された。しかし、その後、この措置が緩和されるにつれて、起亜自動車(株)は乗用車の生産を再開することになり、この時期に以下のような設計―生産―販売の国際分業構造が定着した。
 起亜自動車の「プライド」(アメリカでの名称は「フェスティバ」)は日本のマツダが設計し、韓国の起亜自動車が生産し、アメリカのフォードが販売する形になった。また、大宇自動車はドイツのオペルと提携し韓国で「ルマン」を生産したが(設計はオペル)、この車はアメリカ市場でGM販売網を通じて販売された(アメリカでは「ポンティアック」として販売)。

4)90年代の自動車メーカーの量産拡大期とIMF危機
 89年、自動車産業に対する合理化措置が完全に解除された後、現代精工、大宇造船、三星自動車などの、相次ぐ新規参入が行われた。また、メーカー間に独自モデルの開発競争が激しくなった。このように競争が激化するにつれて資金の借り入れが増え、生産拡張のための無理な投資が行われ、国内市場のマーケットシェア拡大のための出血販売を行うなど、量的成長を志向する特徴が見られるようになった。このような現象は97年末までに続いたが、韓国経済のIMF危機(注2)以降、急速に構造調整期に入ることになった。

(注2)韓国の経済危機にIMF(国際通貨基金)が介入したため、韓国ではIMF危機と呼んでいる。

5)IMF危機以降の大規模な構造調整
 無理な外部からの資金の借り入れと投資のため、多くの自動車メーカーが金融危機と倒産の危機に直面するようになった。その結果、98年以降、現代自動車を除いた自動車メーカーは大規模な構造調整の対象企業となった。この期間、既存の5つの企業グループによる9つの自動車メーカーは、現代・起亜、大宇・双龍、三星の5社・3グループに減った。
 この構造調整過程を見ると、まず、現代自動車は99年3月に起亜自動車を買収し、現代サービス(株)(99年4月)と現代精工(株)の自動車部門(99年7月)を統合し、現代モービス(株)を設立した。起亜自動車は97年7月の倒産以降、99年3月に現代自動車に吸収合併され、99年6月に亜細亜自動車などの系列会社を合併し、2000年2月に法廷管理から免れることになった。その結果、現代・起亜自動車グループは04年に340万台を生産し、世界7位の自動車メーカーになった。
 大宇自動車は、98年1月、双龍自動車を買収し、99年3月に大宇国民車(大宇重工業の国民車部門)を吸収合併するなど、自主的に構造調整を進めたが、大宇自動車も無謀な拡張の結果として99年8月にワークアウト(注3)対象企業になり、01年9月21日にGMとMOU(覚書)を締結し、02年に最終引き受け契約を結び、02年10月にGM大宇A&Tとして新たに出発することになった。
 双龍自動車は、99年12月に大宇自動車から分離され、現在は債権団管理の下で再生を図ろうとしており、経営は大きく改善されつつある。04年9月現在、同社の債権団と中国の上海汽車との間に買収交渉が進められている。
 三星自動車は99年6月の法廷管理、2000年4月のルノーによる買収などを経て、同年9月にルノー三星自動車として新たに出発することになった。他方、三星商用車は2000年11月に市場から完全に撤退した。
 大宇商用車は03年、インド最大の自動車生産グループであるTATAグループが引受けた。

(注3)業績の悪い会社をグループから切り捨て、良い会社だけを残し、その会社に金融機関が貸している資金を株式に振り替えて、政府・金融機関がともにその会社を育成するもの。

図1●韓国自動車産業の再編

2.03年における韓国自動車産業の浮沈

 韓国の自動車産業は90年から03年まで、年平均7.6%という高い成長率を見せており、02年に315万台を生産して以来、年産300万台時代に入った。量的には世界第6位の自動車生産国になっている。
 03年の韓国自動車産業の動向を見てみよう。完成車の輸出額は前年対比28.7%増加の190億4,400万ドルで、自動車部品は前年対比56.1%増加の42億2,500万ドルであり、これらを合わせた自動車産業の総輸出額は232億ドルに上っている。これは、半導体の輸出額の196億ドルを超えるもので、もはや自動車産業は韓国第1位の輸出産業である。貿易収支は完成車部門だけで178億1,600万ドルの黒字であるが、この数字は全産業で最も多い金額である。他方、自動車部品では18億2,500万ドルの黒字である。これらを合わせた自動車産業全体の黒字は196億4,100万ドルである。これは、02年の韓国の総貿易黒字(155億ドル)を超えるものである。
 一方、自動車メーカーの収益構造も大きく改善されている。特に現代自動車の場合、IMF危機直後の98年を除けば、輸出と国内販売の好調によって売上高と純利益を大きく増加させた。03年に現代自動車は売上高216億ドルと純利益15億ドルを計上し、起亜自動車は売上高11億ドルと純利益6億ドルを上げた。双龍自動車の場合は、経営はかなり改善されてはいるものの、いまだ再建途上から免れていない状態である。ルノー三星自動車は02年以降黒字を出し続けている。しかしGMに買収されたGM大宇A&Tは赤字が続いている状態である。
 KAMAの建議で政府が、今年から毎年5月12日を「自動車の日」に制定した。これは韓国自動車輸出が累計で1,000万台を突破した99年5月12日を記念するために制定したもので、ここには自動車産業に対する国民の関心を高めようとする意志が表現されている。

図2●韓国における各社のマーケットシェア

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