連載/クルマの楽しさ、素晴らしさとは
ソープボックスダービー®による
子どもの健全育成とクルマ文化への貢献
[日本ソープボックスダービー®事務局長(NSBD) 山本 教子]
[第34回]
1933年に始まったソープボックスダービー®は、エンジンがない手作りのクルマで坂道を下る重力カーレースの総称。(アメリカでは古くから子どもたちの競技として親しまれている。その頂点の「世界最高峰のアマチュア重力カーレース」である“オールアメリカン・ソープボックスダービー®国際大会”は今年で74回を迎え、毎年7月第4土曜日にオハイオ州アクロン市内の専用コース「ダービーダウンズ」で行われている。全米と世界数ヵ国からおよそ600組の家族が参加、観客や関係者を合わせると数万人が集うこの大会は、ボランティアの大会運営スタッフも全米から集まり、これに休暇を充てる人もいるほど。参加者、関係者とも、その週の月曜から始まる「ダービーウィーク」の歓迎行事の数々を堪能し、レース準備(車検や重量調整、テスト走行)も和気藹藹とした雰囲気だ)毎年春になると、“オールアメリカン・ソープボックスダービー®国際大会”参加をめざす親子の熱戦が各地で繰り広げられ、日本でも4月の第2週の週末(2011年は5月15日(日))に、日本代表選考会としてソープボックスダービー®日本グランプリが開催される。日本ではまだ馴染みが薄いが、世界(特に自動車産業国が中心)でさまざまな形で親しまれているソープボックス®の魅力を、私が出会った経緯からNPO法人日本ソープボックスダービーの活動などを通して、ご紹介したい。 |
ソープボックスダービー®と仲間たちとの出会い

ソープボックスダービー®の初期の代表作 |
「あっ、ソープボックスダービー®だ!」。
ある日、雑誌を見ていた主人が興奮して叫んだ。
私が「何、それ?」と聞くと、「子どものころ、拾ってきた乳母車や、板に滑車を付けたクルマで坂道を転げ落ちて遊んだものだ。『ちびっこギャング』というアメリカの番組で、向こうの子どもたちも似たような遊びをしているんで、親近感を覚えたことがある」と言って、ソープボックスダービー®のことを話してくれた。当初は、“工場から切り出した石けんを入れて運ぶ木箱”を車体として使っていたので、“ソープボックス”ダービーと言われるようになったという。
そしてプロのテストドライバーである主人から、「息子と一緒にこれをやりたいな」の一言を聞いた瞬間、「これは主人と息子だけの楽しみに留めてはいけない!」と直感した。
子どものころはガールスカウト、学生時代はカブスカウト、大人になってからは米国のサマーキャンプ・カウンセラーと都立高校講師という具合に、私は長年子どもの教育に関わってきた。「子どもは家庭だけでも、学校だけでも健全には育たない。社会全体で子どもを育てなければならない」と言っていた祖父の影響が強くあったのだと思う。
日ごろ、わが子と接しながら、「今の子どもたちはどのような環境で、どのような人々と接して育っているのだろう」といつも思っていた。そんななかでソープボックスダービー®を知ったため、「主人とわが子」の背後に、「子どもと一緒に、これをやりたいな」とつぶやく大勢の親子(父と子)の姿が浮かんできたのである。
そして、「この仕事はやりがいがある」「意義は必ず世間に伝わる」と考え、日本にこれを広めようと決心した。すぐに主人とともに米国本部を直接訪ね、「私たちに日本における興行権を譲ってほしい」と頼み込んだ。本部の事務局長や総支配人は、そのためだけに日本から来た私たちに驚きながらも、本気で取り組もうとする熱意を感じてくれたのか、その場でOKを出してくれた。
振り返れば、怖いもの知らずの素人の成せる技だったか! 日本での認知度ほぼゼロ。愛好者も仲間も後ろ盾もない。それでもためらわずに走り始めた普及の原動力は、自動車開発に携わりクルマが好きでたまらない主人と、根っからの社会教育好きの私、二人の血が沸騰したせいだ。その後の活動に拍車がかかったのは、クルマや法律、語学、デザイン、ITなどそれぞれ専門家である現在の仲間との出会いによるところが大きい。
ソープボックスダービー®の普及−組み付け指導と体験会の提供

疾走するソープボックスダービー®カー |
富士スピードウェイの協力で施設内のミーティングルームや構内路をお借りし、国際大会で使う本物のレース車両を用い、クルマの組み付け指導(“クリニック”と呼んでいる)や体験会、日本大会に向けた練習会を年間数回実施している。
レースで使うクルマ(キット)が親子の手作りだということがソープボックスダービー®の特長だが、本家のアメリカでは「自分の実力を知り未知の知識や技術に挑戦する」このクリニックの機会を、とても重要に考えている。
私たちが行う体験会では、子どもが、NPO法人日本ソープボックスダービーによって事前にセットアップされたクルマで走り、親はそのフィーリングを聞きながら、クリニック・スタッフの下で再調整をしている。子どもとのやり取りのむずかしさに加え、調整も簡単ではないが、親子で学びながら最速に挑戦するのは楽しいひとときだ。
また会場脇の駐車場では、「テールゲーティング(みんなでランチ)」と名づけた昼食会を、参加家族とスタッフ全員で楽しんでいる。練習に集まった初対面同士も、ボランティアで提供される焼きそばと熱々の豚汁でアッと言う間に親しくなれる。
日本大会の実施

父親がメカニック担当だ |
神奈川県秦野市で毎春開催しているソープボックスダービー®日本GPの企画運営を行っている。
大会は、市内の一般道でレースを行う日本代表選考会が中心だが、前日の車検や重量調整を含む一泊キャンプ(上智短期大学や東海大学など近隣の大学施設を利用)と地域交流も兼ねている。神奈川県、秦野市、教育委員会、商工会議所、観光協会などの協力の下、20組ほどの家族が参加する手作りイベントだ。
参加の条件は、親子でエントリーすることと、ドライバーが8〜17歳までの少年少女であること。お父さんはメカニック兼レース監督、お母さんはマネージャー兼チアリーダー。家族がレーシングチームになる。参加する子どもには、日本代表を懸けた真剣勝負からフェアプレイ・粘り強さ・冷静な判断力を習い、悔しさをぜひとも経験してほしい。ちなみに、レースに出場するクルマは一部の個人所有を除き参加者へは本部のものを貸し出している。部品もタイヤも同じものを使い、ウエイトのハンディがないようドライバーとクルマの合計重量を測定し調整する。すべてイコールコンディションというわけだ。
国際大会の参加支援

オールアメリカン・ソープボックスダービー®国際大会 |
「日本代表の誇りと自覚を持って、米国で80年近く続く伝統レースへ参加し、勝負の厳しさと異文化交流を体験すること」を目的に、日本GP優勝者にはオールアメリカン・ソープボックスダービー®国際大会の参加権と航空券を授与し、毎夏1名をアメリカ・オハイオ州のアクロンに派遣している。
滞在中、私は、入国審査から買い物やレストランでの注文、レース準備に至るまで子どもにさせるよう務めている。ときには見て見ぬ振りもする。
日ごろから彼らはたいていの場合、周囲の大人に何かと構ってもらっているので、自ら行動することが苦手だ。さらに、異国の地でレースに挑むプレッシャーと、言葉が通じない不安と不満を抱え、何事も日常のようには行かない。ところが、一言でも会話ができレース場での作業も進んでくると、初日はモゾモゾしていた子が日増しに自信を持ち、帰国のころにはソコソコ頼もしくなる。たった10日間の体験で、子どもは一回り成長する。
新たなイベントスタイルの提案
アメリカでは当たり前の、しかし日本の社会ではまだ根づいたとは言えないボランティア活動だが、それは何も災害救助や福祉分野に限ったものではない。いわゆる商業主義とは一線を画した理念によって運営するオールアメリカン・ソープボックスダービー®国際大会のやり方を、私たちも活動のなかで実践している。
日本ソープボックスダービー®では、参加者家族や地域の方、マンパワーをくださる賛同者の皆さん、ソープボックスダービー®卒業生、大学生等がなくてはならない存在として数々の年間イベントで活躍している。
「一年だけだぞっ」と言って理事長を承諾した関谷正徳氏は、10年経つ今も変わらず日本ソープボックスダービー®の父親的な存在。ドライバーの横溝直輝選手に副理事長を任せ、日本GPの際には、元ドライバーの影山正彦さんや山路慎一さん等をゲストに招く。もちろん皆さんボランティア! ゲストとともに、参加の子ども等に「頑張れ!」とメッセージを送り、当日スタッフ(特に東海大学学生フォーミュラや自動車部の学生有志)と積極的に関わる。一緒のテントで同じお弁当を囲む光景は、他ではちょっとお目にかかれない。
子どもの交通事故ゼロもめざす

子どもたちの交通安全にも貢献 |
神奈川県警交通安全教育隊や秦野警察署と連携し、地域の子どもを対象にソープボックスダービー®カーを使った交通安全教室「集まれ! まめレーサーの交通安全教室」を日本GPで同時開催している。秦野市立中央運動公園内駐車場の会場には、自転車の乗り方コーナーや、地域のバス会社(湘南神奈交バス)の協力で2010年から始めた「本物の路線バスで運転手さんから見えない場所“死角”を知る」コーナーなどがある。教室に参加した子どもたちは、おまわりさんにパトカーや白バイに乗せてもらったり、バスの運転手さんに帽子を借りて運転席に座らせてもらったりと大喜びだ。
また、約10分の1のモデルのソープボックスダービー®カー(木製キット)と計測器を仕込んだ長さ10メートルのコースを使い、地球の力で走る!ソープボックス®モックカーの工作&爆走レースを随時開催し、子どもたちにモノづくりの喜びと競い合いの楽しさを伝えている。2010年は、自動車メーカー主催のモータースポーツイベントや電装メーカーのモノづくりイベント、レース会場などで2,000組以上の親子が参加した。
これからの夢
今までの10年は、日本に概念がなかった重力カーレースの伝道師として仲間とがむしゃらに突き進んできたが、子どもに特化したこのレースの魅力と、今までの日本にはなかった「クルマ文化」貢献のミッションが世の中で認められつつある今日、私は今後の展開として少し欲張った3つの夢を抱いている。
夢−その1
ソープボックスダービー®ファンが育ち、鳥人間コンテストやロボットコンテストの小学生版教育イベントが毎年テレビで放送される。「全国の小学生家族集まれ!」と、全国津々浦々のディーラーが窓口となって参加者の募集と受付を行い、地方のテレビ局が予選を放送。勝ち進んだチームは、国際大会参加を懸けた日本GPに出場。もちろん、全国放送だ。優勝チームを追っかけオハイオ州アクロンの大会も密着取材。年一回2時間枠の、真剣勝負ありヒューマンドラマありのおもしろい番組になること間違いなし! と確信している。後は、オファーを待つばかりだ。
夢−その2
「地球の力で走る! ソープボックス®モックカー(木製ミニカー)」が、学校教育の現場に導入される。
立体や動くモノの自由な形を創意工夫できる図画工作や美術工芸の教材、あるいは、まっすぐ速く走らせる工夫を通して物理や工学の基礎が学べる教材となる。仕上がったモックカーでクラス対抗レースを行うなど発展した学習でも活用可能だ。
教科書の「エネルギーを学ぶ」ページにモックカーが載る日も近い(はず)。密かに期待している。
夢−その3
クルマの専門家集団である日本ソープボックスダービー®レース委員会では、是が非でも国際大会で一勝! と願いつつ、スキルの違いか80年近い歴史が大きく立ちはだかり、なかなかその壁を越えられない。重力カーレースというものは、単純ゆえに奥深く、日ごろの業務のようにはいかない。
2002年、2度目の国際大会参加でスーパーストック部門6位を果たした千葉県柏市の伊藤浩士君以降、一度も叶うことのない入賞だが、近い将来(夢は大きく)日本人初の世界チャンピオンを誕生させたいと願っている。
おわりに
もうひとつの夢は、日本一丸! ソープボックス®で子どもを育てる。これこそが、ソープボックスダービー®にかかわるすべての大人たちの共通した思いだ。ヘンリーフォード博物館に展示されているソープボックスダービーのレース車両の説明には、こんな一文が添えられている。
「全米ソープボックスダービー®は、アメリカ人をクルマに夢中にさせることが小さいころから始まっていたという良い証拠である」と。
(やまもと のりこ)

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