JAMA 社団法人日本自動車工業会Englishヘルプサイトマップ   
自工会の概要リリース/会見データファイルライブラリー
ホーム > ライブラリー > JAMAGAZINE > 2012年7月号

連載/バイクの楽しさ、素晴らしさとは


写真
小説「坂の上の雲」にちなむ雲型ナンバープレート 写真提供:松山市

二輪車のナンバープレート

[モータージャーナリスト 近田 茂]

[第51回]

 二輪車のナンバープレートは、軽自動二輪・小型自動二輪車は運輸支局等(国交省)が管理・発行し、125cc以下(原付・原付二種)は各市町村が登録の管理・発行を行っている。このことが話題となっている「ご当地ナンバープレート」誕生の背景にある。モータージャーナリストの近田茂さんに、ご自身の思い出も含め、二輪車のナンバープレートにまつわるお話をまとめていただいた。

四輪でも二輪でも愛車のナンバーをスラスラと言える人は少ないのではないだろうか。かく言う私も小学生時代に初めてわが家にやってきた中古自家用車(四輪)のナンバーは今でもハッキリと記憶しているが、乗り換えたクルマ3台目以後はすべて忘れ去り、現在所有中のクルマやバイクのナンバーも、うろ覚えでしかない。

公道を走る四輪車なら車両の前後に、二輪車の場合は車両の後部に必ず装着されているナンバー(ライセンス)プレート。多くの人にとって普段は特に気にかけられることもない存在だろう。

でもその一方で旅に出たときなどは周囲のクルマやバイクのナンバーに見られる地名表記が気になりだす。見覚えのあるかつての地元ナンバーを見て望郷の念を覚えたり、見知らぬナンバーの中に埋もれて遠くまで来たことを実感。あるいは遠方から訪れたであろう人(クルマやバイク)には優しく接することも…。また一部マニアには、コレクターズアイテムとして珍重されることもある。

今回はそんな「二輪車のナンバープレート」にフォーカスし、個人的な思い出を交えながら考察してみたい。

半世紀以上変わっていなかった 二輪ナンバープレート

写真
二輪車のナンバープレート 
写真提供:全国自動車標板協議会
そもそもは、私が生まれるよりも前の1949年のこと。全国9ヵ所にあった特定道路運送監理事務所が廃止され、各都道府県に陸運事務所(現・運輸支局等)が設置された。51年からは道路運送車両法によって自動車の登録が始まり、登録に関わる証票として、クルマを所有する各本拠地(住所)に該当する陸事からナンバープレートは交付される。

当初は搭載エンジンの排気量区分等に紆余曲折はあったものの、基本的に大きな変更は受けていない。ただ保有(登録)台数の増加に伴い陸事は増え、使用される文字や分類番号の表記方法(桁数)も変わってきている。

四輪車で話題となった字光式(光る)ナンバープレートや希望番号制度は、二輪車には現在もなお適用されていないため、バイクのナンバーは古くから半世紀以上にわたって変わっていないのが現状だ。

しかしご当地(新たな地域名表示)ナンバーの登場を機に、バイクには革新的デザインのなされた斬新なナンバープレートの登場へと波及し、地域振興と合わせた取り組みとして全国各地で大きな話題を呼んだ。

背景には、二輪ならではの特殊性が

まずは二輪車のナンバーについて、ごく簡単におさらいしておこう。多くの二輪ユーザーが手にする自家用ナンバーは全部で5種類。これが基本だ(区分けは搭載するエンジンの排気量〈あるいは定格出力〉による)。

[1]:第一種原動機付自転車(50cc以下)
[2]:第二種原動機付自転車 乙(51〜90cc以下)
[3]:第二種原動機付自転車 甲(91〜125cc以下)
[4]:軽二輪車(126〜250cc以下)
[5]:自動二輪車(251cc以上)

※補足:ちなみにこの区分けは、道路交通法上の車両区分とは異なっている。免許制度上も[2]と[3]を運転するには、普通自動二輪免許(小型限定)。また126〜400ccまでは普通自動二輪免許が必用。そして401cc以上は大型自動二輪免許が必用だ。

一般に[1]のナンバープレートは白地、[2]は黄色地、[3]は桃色地で区別され、サイズは170×100mmの四角形があり、現在は200×100mmで上辺の左右角を面取りした6角形も主流になっている。一方[4]と[5]は230×125mmの四角形で、[4]は白地、[5]も同様だが文字色と同じ緑色の枠で囲われているのが特徴だ。

余談ながら、[2]と[3]の車両はフロントフェンダー部の先端を白帯塗装、リヤフェンダー後部に正三角形の白色マークが貼り付けられる。これは[1]の排気量をわずかにスケールアップした例えば二人乗り可能な55ccモデルが存在した時代があり、外観上ほとんど大差のない50と55を一目で区別するために設けられたもの。[2]と[3]の第二種原動機付自転車には現在もその名残がある。

このほか、黒地に黄色文字で表記される営業用や、外務省が発行する青地ナンバー、バイクでは11で始まる防衛庁ナンバー、そして赤の斜め線が入る臨時運行(仮)ナンバー等、特殊なタイプもある。

前述の「二輪ナンバーならではの特殊性」とは、ナンバーの取得方法に違いがあることだ。[4]と[5]は四輪同様に陸事で手続きする必用がある。[4]は軽自動車と同様[5]は登録車同様とイメージすれば良いだろう。

しかし[1]〜[3]は各地方自治体、つまり区市町村役場が取り扱う。車両所有に伴う軽自動車税申告を届け出て、確認標識を交付してもらうもので、ここでは車両の登録が目的ではない。従ってナンバーから所有者を割り出すこと等、基本的には(個人情報保護の兼ね合いで)できないのだ。

また、全国一貫監理される陸事手続きとは異なり、標識についても従来からの慣例や識別のしやすさに対する指針こそあるが、実情は自治体まかせで、標識デザインにもある程度の自由が利くという点が見逃せない。

実際、使用される書体や文字の大きさなどは時代や、プレートの製造業者によってマチマチで、自治体によって一様ではないのだ。

そこにご当地ブームや地域振興に乗じた新デザインナンバーの投入が合わさって、大きな話題を集め、今回の記事テーマにも取り上げられることとなったというわけだ。

ナンバーに関わる思い出あれこれ

私がバイクに興味を持ち、乗り始めたのは60年代。まだまだ戦後復興〜高度成長の真っ只中。文字通りの原動機付自転車やバイクにスクーターは庶民の足、あるいは商売や運搬の便利ツールとして大活躍だった。しかし三輪トラックや政府をあげた国民車構想の担い手として登場した軽自動車の台頭で徐々にその主役の座を奪われ、趣味の乗り物へと移行しはじめた。

当時[5]のナンバーをつけられる製品はごくわずかで、250ccバイクが(現実味のある)憧れの的。多くは[1]〜[3]に乗っていた。そんな時代だったからこそ、「緑枠」ナンバーのバイクに乗られることは、それ自体が羨望の眼差しを集める「象徴」となっていた。主力メーカーのラインナップも多くは250tモデルが最上位機種。450や650ccが登場し、やがて350ccの新機種が揃いだしたのは東京オリンピック後のこと。緑枠ナンバーはまさに贅沢の極みだった。

四輪に例えるなら、3ナンバー(普通乗用車)に乗ることに憧れられた時代があった。70年代に入ってからだが、普通車に課せられた自動車税は当時まだ極めて高い状況下にあり、その中であえて3ナンバーを選ぶ。

贅沢な一台を所有することに大きな価値と誇り、そして喜びを感じられたひと時代があった。人々の想いの中にそれとよく似た傾向が、すでにそこにはあったのだ。

ちなみに贅沢な逸品の極みとして登場し世界を席巻したホンダCB750 Fourは69年に登場。緑枠というキーワードは自然消滅し「ナナハン」という言葉がそれに代わる憧れとなった。

70〜80年代は、各社が高出力高性能な重量車(ビッグバイク)開発に凌ぎを削った時代。開発中のバイクは、大きな仮ナンバーをつけて本社からテストコースまで自走しながらテストを重ねた時代でもあった。

当時仮ナンバーは四輪用のものしかなく、バイクに装着するとひときわ目立つ。固定用のビス孔もサイズがあわず、1本のビスとやや太めの針金で少し横にオフセット固定されたりしていたものだ。

四輪もそうだが日本では開発途上の試作車が公道を走ってテストするケースはほとんどない。少なくとも現状では皆無といって良いだろう。

本来仮ナンバーは、例えば車検切れ車両や未登録車を自走搬送するための臨時運行許可標で、あらかじめ申告したルートを移動するのみに使われるのが建前。各企業のコンプライアンスが厳しく取り沙汰される昨今では、試走中の事故に対する懸念も含めて、仮ナンバーでの試走は御法度になってしまった。

これまた余談だが、仮ナンバーの利用形態云々はともかくとして本来車両は実際に使われる交通環境下でテストすることが大切。いくらシミュレーション技術が高められたとしても、実用実験の重要性を見逃すことはできない。いろいろな意味で日本がグローバルな視点や基軸の構築をめざすのなら、試作車でも公道で走行実験できるように欧米のように柔軟な対応が求められると思う。

ナンバーサイズにこだわって開発されたユニークなコンセプトバイク

写真
カイシャ(CAIXA) 
写真提供:本田技研工業株式会社
何年か前の本誌に寄稿したことのあるネタだが、01年の東京モーターショーでホンダブースに出展された「カイシャ」がそれ。モダンなデザインのコンパクトなバイクだが、注目すべきは、原付ナンバープレートの幅、つまり170mm幅でデザインされたことだ。

今も市販に至っていないのがとても残念だが、パーソナルモビリティの重要な担い手として、社会に求められている二輪車のひとつのカタチがそこにあると思う。

例えば家から駅までの通勤通学に自転車を使う人は多くいるが、どこも自転車置き場の確保や駐輪マナー等の問題は山積。カイシャなら乗らないときにはステップやハンドルが格納でき、スッキリスマートな170mm幅の物体になる。自宅玄関に置くにもそれほど邪魔にならないのが良い。

通常、自転車1台を止め置くスペースがあれば、カイシャなら3台を駐輪できてしまうというのが、とても賢いチャームポイントとなるのだ。

免許制度の改革やヘルメット着用義務等の考え方にも原付自転車にふさわしい規制に変更されることが合わさるならば、地方自治体が管理するシェアライド利用も含めて、二輪の賢い活用術に寄与できる期待値は大きい。

人目を引きつけるご当地ナンバー

写真
キャラクター入りナンバープレート 
写真提供:調布市
さて、最後に主題のご当地ナンバーについて触れておこう。前述した通り、第一種及び第二種原動機付自転車のナンバーだからこそ可能となったご当地ナンバーは、従来の四角形のプレート内に地元を象徴する図柄をあしらった物をはじめ、プレートのカタチそのものにオリジナルのデザインを採り入れる等、さまざまなタイプが登場している。

自治体の紋様や旗マークをあしらったものは以前から存在していたが、徐々に色々なパターンに広がり、例えば富士吉田市では富士山をかたどったナンバーを造った。宮城県の富米市ではナンバープレートそのものが米粒の形をしている等、ユニークな物が目白押しの状態。

雲をかたどったり、地元名産物をデザインに採り入れたりで、オリジナルデザインの投入は後を絶たない勢いがある。さらにご当地ナンバーの交付開始を記念して、初日限定で希望番号を選べるサービスを実施した自治体もあった。

また東京都調布市では、同市の名誉市民である水木しげるさんの作品「ゲゲゲの鬼太郎」があしらわれて話題を集めている。全国的にも抜群の知名度を誇るキャラクターを採り入れることで、同市の観光振興を図るとともに、安全運転意識の向上という願いも込められている。

二輪車は、特に原付自転車の場合は地元のナンバーをつけ、それが地場で目につく存在になりやすいだけに、広告塔にもなり得ることに着目されだしている。それがご当地ナンバーの流行に拍車をかけていると思う。

資金難に悩む関西の自治体が、苦肉の策として自治体名の命名権を売却する提案例があったが、二輪のナンバープレートはやがては広告塔としても活用される時代がやってくるのか。

単に看板スペースとしてだけではなく、例えば通信機能を持つ等、ITとのコラボも合わされば、さらに幅広い展開も考えられ、場合によっては、オーナーが支払う軽自動車税の一部や全額をスポンサーが肩代わりしてくれるような時代が訪れるのかもしれない。

二輪のナンバーに広がったご当地ナンバーは、将来的なクルマのナンバープレートのあり方を占う試金石にもなるだろう。

(ちかた しげる)

──────

← 前へ 5/7 次へ →

Copyright (C) Japan Automobile Manufacturers Association, Inc.