第42回東京モーターショー2011 福祉車両シンポジウム

「移動の自由を未来へ」を開催。 ~被災地でわかった!福祉車両は復興のシンボル~

 被災地の映像をもとに、移動困難者の実態を共有。

第42回東京モーターショー開催期間中の12月10日(土)、東京ビッグサイト会議棟において、福祉車両シンポジウム「移動の自由を未来へ~被災地でわかった!福祉車両は復興のシンボル~」が開催されました。被災地で取材した映像や生の声をもとに、福祉車両の役割と重要性について出演者や来場者のみなさんと共に考えていきました。

医師やボランティア、医療福祉グループ、そして一般の被災者の方まで、多彩な顔ぶれが揃った今回のシンポジウム。まず始めに司会者によるパネリストの紹介があり、その後第一の映像が流されました。
最初の映像は、「移動困難者の実態」について。まず、津波で家が流され仮設住宅に暮らす千葉さん夫妻がクローズアップされました。千葉さんは、20代の頃に腎臓病を患い人工透析を受けている方。震災で避難所生活を強いられ、満足な透析も受けられない上、車いすに坐ったままの状態が続いたため病状が悪化。以前は自分で車を運転していたものの、現在は車いす生活で奥さんの介護が必要な生活となりました。千葉さん夫妻が直面する過酷な現状に迫ります。

続いて重い脳障がいがある伊勢知那子さんのケース。津波が迫り来る中、必死で避難した当日の状況などがお母さんの口から語られました。最後は、津波で商業施設が流失し買い物にも不自由している住民のために、無料送迎シャトルバスを運行しているウジエスーパーを紹介。便利なサービスで助かっているという利用者の声と明るい表情が映し出されました。

こうした映像を受けて行われたパネルディスカッションでは、ご自身も被災者である気仙沼市在住の村上さんより震災直後の詳細な状況が紹介されました。さらに、避難所で千葉さんのケアも担当されたボランティアナースの岸田さんには、避難所の様子など。ご自身が勤務する介護老人施設が地域の避難所となっていた大内さんにも、ライフラインがストップする中で移動できない高齢者の不安や過酷さについて語っていただきました。
東北大学病院総合診療部長の本郷先生には、避難所のような自由に移動できない閉塞空間に長期間拘束されることの心的影響について言及いただきました。併せて東北大学で実践された医師派遣による災害時医療支援のご紹介なども。さらに、ウジエスーパーの試みに対しては、地域住民同士がバスの中で会い、互いにコミュニケーションすることの大切さを説いてくださいました。その他、移動の自由があることのかけがえのなさなど、貴重な提言をいただきました。

福祉車両は、地域の共有財産として必要な存在。

次の映像テーマは「活躍する福祉車両」。まずは、災害移動支援ボランティアReraの活動が紹介されました。パネリストとして参加されている村島さん他ボランティアの活躍を中心に利用者の喜びの表情などが映し出されました。続いて、気仙沼在住の村上さんの映像。お母さんの介護で忙しい毎日を送る様子と共に、町の共有財産としての福祉車両の必要性を力説するインタビューカットが流されました。そして最後は、震災直後にライフラインが途絶えて陸の孤島と化した気仙沼の施設から山形の系列施設まで、100人もの高齢者を移送したはまなすの丘を取り上げた映像です。スタッフの生の声や気仙沼に戻ってきた時の喜びのシーンがとても印象的でした。

パネルディスカッションでは、映像でも登場したReraの村島さんに注目が集まりました。利用者に涙ながらに感謝されること。無料で移動支援しているにも関わらず、自然と募金箱にお金がたまること。映像でも紹介されたエピソードを改めてご本人の口から語られると、会場の視線にも熱いものが宿りました。取材時からさらに時間が経った今なお、移動支援の要請は増えており、その要因のひとつとして仮設住宅に移ったのはいいが、その場所が遠方になりかえって不便になってしまったという実態も明かしていただきました。

村上さんは、震災直後からTwitterで発信していた持論を改めて展開し、福祉車両の必要性をアピール。山形への大移送を敢行したはまなすの丘の事業部長、大内さんには当時の心境をふり返っていただきました。そして、本郷先生、村島さんからはそれぞれの立場で福祉車両の必要性を。とくに、ストレッチャーや車いす利用者など、福祉車両でしか移動できない人もいる。そういう方々にとってなくてはならない存在と、現場で活躍する村島さんならではのリアルな意見に会場の耳目が注がれていました。

今回のシンポジウムは、タレントや著名人が一切出演しない異例の会となりました。しかし、出演者全員が被災地で活動または居住している方で占められました。司会者の熊谷さんもまた仙台出身で、旦那さんの伊達さん(お笑いコンビサンドウィッチマン)も被災地出身の方。現在も各地で支援活動を続けているとのことです。すべての方が切実なる思いを抱いての出演でした。
一見した派手さはありませんが、それぞれの真摯な思いが福祉車両の必要性をリアルに伝え、復興のシンボルとしての存在感を静かに印象付ける結果となりました。