モビリティビジョン2050

“モビリティビジョン2050”ダイアログ ~モビリティ業界から見た ビジョン実現への道筋~ ITS Japan講演レポート

モビリティデータ活用による災害対応の取り組み~災害時通行実績情報と今後の展開~

プロフィール
特定非営利活動法人ITS Japan 地域ITSグループ 部長 斉藤 祐司氏

日本自動車工業会が策定した「モビリティビジョン2050」の実現に向けて、モビリティ業界の最新事例を共有する“モビリティビジョン2050”ダイアログの第3回が開催された。冒頭のオープニングトークに続いて実施されたセッション1では、特定非営利活動法人ITS Japan地域ITSグループ部長 斉藤祐司氏が登壇し、災害時にいち早く道路交通情報を提供する「災害時通行実績情報システム」について紹介。自動車の通行実績情報をベースにしたこのシステムは、いかにして構築されたのか。ITS Japanが自動車業界内外のパートナーと共に推進する、モビリティデータの新たな活用方法を、今後の展望とともに公開した。

ITS技術を社会の災害時などの課題解決に応用し、モビリティデータから新たな価値を創造する

斉藤氏の所属する特定非営利活動法人ITS Japan(以下、ITS Japan)は、安心・安全・快適な移動の提供に向けてITS(Intelligent Transport Systems/高度道路交通情報システム)の発展・普及・実用化の促進を目指す団体だ。

「高速道路交通情報システムとは、人と道路と車両を一体のシステムとして構築することで、高度なナビゲーションシステムや有料道路の自動料金支払い、渋滞情報の提供などを可能にするシステムです。例えばETCやVICSなど、皆さまの身近なところで安全で快適な運転をサポートしています。そして、近年では安心・安全の枠組みを広げ、災害対応にも注力しています」

そもそもITS Japanは ITS(Intelligent Transport Systems/高度道路交通システム)の普及促進や課題解決を目的として1994年に設立され、2005年にNPO法人化した、設立約30周年を迎える組織である。構成会員は、自動車のOEM、部品メーカー、総合電機企業、道路系のインフラ企業を中心に、土木系の企業やコンサルティング会社など。さらに大臣をはじめとした局長クラスの官僚・議員や大学の教授なども会議に招待し、産官学連携を模索しながら活動を進めている。

「設立当初は、渋滞情報を提供したり、ETCの技術を確立して実用化に向かわせたりする活動から始まりました。第二期ではそうした技術を交通課題の解決に繋げ、今はその次のステップとして、交通課題に限らず、社会全般の課題解決にそれらの技術を応用させています」

斉藤氏は活動の歩みをこう説明し、「ここからは、課題解決でマイナスをゼロにすることに加え、ゼロからプラスを生み出す“価値創造”にも焦点を当てて、活動を展開していく」と今後の方向性を語った。

東日本大震災の教訓から、災害時の対応力を強化した「災害時通行実績情報システム」

続いて、斉藤氏は災害対応および災害時の課題解決に向けた「プローブカーデータを活用した災害時通行実績情報システム」を紹介。これは、自動車のプルーブ情報(通行実績や時刻、車両速度、加速度、TCSやABS作動状況、ワイパーやアクセルの操作状況など)を収集し、どの道路をどのように通行したかという実績を把握するシステムだ。災害時にこの内容を公開することで、道路状況の把握や被災地までのルート選択に役立つものとなる。

渋滞情報をまとめ、ドライバーに提供するシステムの実用化は1990年代から進められていた。渋滞情報は、道路上に設置された路側感知器からの交通情報に加え、カーナビやコネクテッドカーから得られた時刻・位置情報を基に生成される。これを最初に災害対策として活用したのがホンダだ。「渋滞情報などのデータを災害時に活用できないか」と防災科研(国立研究開発法人防災科学技術研究所)と共同でプロジェクトを立ち上げ、2004年の新潟県中越地震の通行実績を振り返って検証。実用化が可能だと判断し、「通行実績マップ」を2008年に公開した。

「そんな中、2011年に東日本大震災が発生し、ITS Japanはホンダ・パイオニア・トヨタ・日産にプルーブ情報の提供を要請しました。発生から一週間後には、4社のデータを統合した通行実績情報を作成し、一般提供を開始。さらに、国交省国土地理院とも連携し、通行止め情報も記載した『通行実績・通行止め情報』を1か月半にわたって提供し続けました」

斉藤氏は当時を振り返り、各社の協力に感謝するとともに、協調領域として取り組む意義を語った。

「民間企業が協調して取り組んだからこそ、価値のある情報が提供できました。通行実績情報はサンプルが少なければ、道路を通れなかったのか、または通らなかっただけなのか判断できません。4社分の情報を合わせることで確実性が増し、情報の価値を大幅に高められるのです」

さらにITS Japanは、同年12月に災害時のITS分野における課題と今後のあり方について提言書を作成し、各省庁に提出。特に、平常時に活用している仕組みを災害時に転用する「フェーズフリー」の考え方を唱え、システム構築や連携強化の必要性を掲げた。そして、この東日本大震災をきっかけに、ITS Japanは「プローブカーデータを活用した災害時通行実績情報システム」の開発を進める。

「その後は乗用車だけでなく、トラックや大型車のプルーブ情報も収集し、被災地への支援物資の運搬をサポートしています。また、2014年にはITS Japanで自動発信システムを開発。地震では震度6弱以上(東京都は震度5強以上)、風水害においては、緊急もしくは非常災害対策本部が立てられ、かつ広域的な交通障害が発生している、などの条件が揃えば、自動で通行実績情報を発信したり、各省庁に情報提供したりしています。ただ、情報提供はボランティア領域であり、基本的にベストエフォートでの提供となります」

自動発信システムが被災地の道路情報を迅速に提供し、支援部隊をサポートする

次に、斉藤氏は「プローブカーデータを活用した災害時通行実績情報システム」の活用事例として、過去の災害時にITS Japan のホームページに掲載された通行実績情報を提示した。

2021年2月に福島県で発生した震度6強の地震では、発生から1時間32分後に乗用車・トラックの通行実績情報をホームページに掲載。そこには高速道路の常磐道に通行実績がなく、実際に法面が大きく崩れて通行できない状況になっていたという。

また、2024年1月に起きた能登半島地震では、発生から1時間40分後に周辺の通行実績情報を掲載。高速道路や国道249号線に通行実績がなく、トラブルを示唆した。

「当時、国交省もETC2.0のデータを基に同様の通行情報を作成していましたが、ITS Japanが収集した民間のプルーブ情報は情報量がより豊富でした。そのため、双方の情報を重ね合わせることで価値が高まった、と高く評価していただきました」

現場での活用事例では、ISUT(災害時情報収集支援チーム)が現地で情報収集する際に活用したり、国交省が復旧作業時に長期間利用したりしていることを紹介。

「各市町村にヒアリングすると、被災時は現場が混乱していることが多く、どの道路が通れるようになったのか、という情報は随時収集されないことが多いようです。それゆえ、自動的に情報が入ってくるシステムは非常にありがたい、という声をいただいています」

ドラレコなどの活用や各所の情報の一元化で高度な情報を提供し、防災・減災を目指す

「プローブカーデータを活用した災害時通行実績情報システム」の運営は、ITS Japan内の委員会の一つである「災害レジリエンス委員会」が取り組んでいる。構成メンバーはITS Japanの会員やドライブレコーダー(以下、ドラレコ)の関連会社、道路管理を行うNEXCO中日本、岐阜大学など。多角的な視点から検討を進められる体制だ。

さらに、委員会内「予防力・順応力強化ワーキンググループ」では、新たに開発したソリューションの社会実装などを、日本自動車工業会と連携しつつ具体化している。

「その他、実証実験ワーキンググループでは、近年頻度が増加している『豪雨・豪雪災害対策』へのソリューションの開発に取り組んでいます。特にCANデータやドラレコの活用を進め、通行実績情報の高度化に注力。百聞は一見に如かずで、ドラレコデータを見ることで、通行実績情報だけではわからなかった通行止めの原因まで把握できるようにしていきたいと考えています」

CANデータは日本自動車工業会経由で、ドラレコデータはドラレコ協会の協力のもとで収集される。ドラレコ映像はAIで路面測定を行い、道路冠水や積雪何cm以上などの情報を判定して、画像と共に通行実績情報に重畳表示している。また、プライバシー保護のためのマスキング処理や映像から画像への変換は、ITS Japanで行っているという。

「現在すでに、豪雨対策(大雨・冠水)については東京都と、豪雪対策については関ケ原を有する岐阜県の関係各所との共創で防災時通行実績の高度化、ソリューション開発を進めています。豪雨災害では、ワイパーの操作状況から推定雨量を作成したマップに、高解像度ナウキャストを重ねると一致することがわかりました。トンネル内やスピードの出る郊外など速度依存性はあるものの、大まかに図面的に降雨量を把握する手法としては、相関性が高いと認識しています」

また、道路冠水の把握には10分間単位の通行実績を収集しているという。地震では1時間単位で収集しているのに対し、道路冠水は短時間で解消することがあるため、収集サイクルを短縮。斉藤氏は「2024年7月に板橋区で起きた道路冠水では、10分間通行実績に加え、ドラレコによる実際の被災状況を準リアルタイムで確認。冠水で停止している車やUターンする車も見られた」と、細やかに状況が把握できたことを解説した。

豪雪災害については、2024年1月の関ケ原大規模滞留発生時について、CANデータやTCS、ABSの情報を含めて表示分析中だ。また2025年1月には、計画的通行止めを実施してCANデータの入手はできなかったが、パトロールカーのドラレコ映像を利用して道路状況を把握することができた。

「ドラレコデータは、リアルタイムで入手できる状況になってきています。今後は豪雨豪雪による通行止めの情報を、より早くドライバーに伝えられるようVICSとの連携により進めていきます」

最後に、今回の講演のまとめとして、斉藤氏は活動の意義とも通じる展望を語った。

「最終的に目指すものは、行政機関からの気象情報や道路情報、OEMからのプローブ情報、民間企業からのドラレコ情報などをITS Japanのプラットフォームで束ね、公共のサーバーや情報提供サービス会社などを経由し、道路管理者や自治体、運送会社、ドライバーなどに届けられる新たなシステムの構築です。各所と連携して情報を一元化し、防災・減災に資する情報を住民やドライバーに届けられるよう邁進し、災害が少しでも減らせるような国づくりに貢献していきたいと思います」


<ダイアログ レポート>
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