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◆トヨタでは全社的にグローバルビジョンを掲げています。最初に掲げられているのは「人々を安全・安心に運び、心を動かす」です。多様な人々の心を一同に動かすのは非常に難しいものですが、それを達成するためのポイントはなんでしょうか。

寺師:われわれは自動車という商品をお客様に提供し、乗っていただき、感動していただくという活動を行っています。現在の社長が就任して以来、ずっと一貫して言ってきたのは、「もっと良い車を作ろうよ」ということです。具体的にこういうスピードでこんな車というような指示があるのではなく、「もっと良い車」という言葉がぶれずにきています。それは、トヨタというブランドに対するお客様の期待値がある中で、それに見合うような車を作るというレベルではなく、それを常に超えることで感動してもらうような車を作りたいということです。そしてそうするために、今よりもっと良い方法があるだろうとみんなが一緒に考えようというメッセージが従業員にも伝わっています。

以前は、チーフエンジニアが主軸となって車を作っていましたが、現在では、チーフエンジニアが新車の骨子を発表するとき、その前後に生産も販売も開発も、みんながそれぞれアイデアを出し合うプロセスができています。そして多様な立場から、より良い車となるように考えていくのです。そして日本人ばかりでもダメ、アメリカ人ばかりでもダメです。それぞれ得意なところがあるわけですから、互いに切磋琢磨しながら良い企画を練り上げてみんなで良い物を作っていくという新しい世界に入ってきたと感じています。

◆そのグローバルビジョンの中に「常に時代の一歩先のイノベーションを追い求める」というものもありますが、そういった革新を継続的に生み出していくにはどのような工夫がされていますか。

寺師:例えばマルチメディアなどはアメリカのほうが進んでいます。このように、アメリカのほうが得意なことはアメリカ現地で先取りをしようということで、2008年、TRINA(Toyota Research Institute of North America)という部署を立ち上げました。そこで先行して開発した技術を、逆に日本とシェアするのです。ですから、各地が得意なものはその土地で開発して日本とシェアするプロセスを取ることで、常に時代を先取りした技術を取り入れられる体制ができています。

◆意思決定のプロセス自体をカイゼンする取り組みも何か行われているのでしょうか。

寺師:はい。これまで、アメリカで開発したものも日本に報告し日本で承認をもらうというプロセスが行われていました。デザインの審査などでもアメリカで大きなクレイモデルを作り、それをわざわざ日本に持ちこんで日本で決めるというようなことをしていました。お陰で最初の駐在時は頻繁に日本に出張していました。それくらいスタートの時期は日本に頼らなければやれなかった。しかし今は違います。

今回新しく開発したアバロンは、いくつかのマイルストンは日本ですが、ほとんどは北米の中で進めるというプロセスに変わりました。

さらに2011年4月には、地域ごとの意思決定を促進するため、北米エグゼクティブコミッティー(NAEC)という意思決定組織を設置しました。販売、ファイナンス、R&D、生産など全部で9人からなる組織です。毎月、膝を突き合わせて議論しながら、生産やラインアップ、収益、将来的な事業成長戦略など全方位的な意思決定をしていくのです。

◆人材育成についてはいかがでしょうか。トヨタらしさを理解したグローバルな人材を育成していくため、どのような取り組みがなされているのでしょうか。

寺師:まず、トヨタらしさとはカイゼンのマインドに反映されるものです。工場のライン、車の品質、自分の実力などあらゆるものに対して、さらに一歩進むにはどうしたらいいのかを考えるカルチャーということです。

カイゼンする、人をリスペクトするという価値観は日本のコンセプトの根本であったものですが、世界各地のトヨタで共通認識として展開されています。しかし海外現地ではなかなか教育ができない部分もあるため、海外の人材を日本に送り込んだり、あるいはヨーロッパなど海外の中で異動するなど異文化の中で自分を見つめ直し現地の良いところを習得するという機会を与えています。

一方で、日本にいるだけでは現地がわかりませんから、逆に日本から現地に来て現地のメンバーと一緒に仕事をして戻っていくという人事交流が行われています。

◆これから組織を担うような人材を中心に交流させているのですか?

寺師:それぞれの職場のニーズによって異なります。プロジェクトの進行管理を担当しているタイトルの高い人もいれば、入社して数年程度の新人エンジニアなどが日本のトヨタの技術を習得するというようなこともあります。2年くらい日本に行くと、彼らは日本語をしゃべれるようになって帰ってきて、出張レポートも日本語で出てくるんですよ。

◆そのように異文化に触れることで、自然と多様性を受容していけるような体質もでき上がっていきますし、かつトヨタらしさを部下に浸透させていく能力を持ったリーダーが育っていくのでしょう。寺師さんご自身のリーダーシップのスタイルはどのようなものですか?

寺師:私は、自分の部下に対して課題などを出すときは、必ず自分でも答えを出すようにしています。彼らが何かを持ってきたら、比べて勝負するんです。自分は彼らよりも良いアイデアが出せるのかと。部下の育成というと上からの目線になりがちですが、自分はやはり上司と部下の関係は競争関係だと思うのです。先ほどの「競争と協調」です。主要なテーマは真剣勝負ですよ。

例えば生産などは、自分は1年くらいしか経験がないので、20年もずっと生産をやっているような現地の部長さんたちにはなかなか勝てません。でも、単純に生産だけで勝負すると絶対勝てませんが、ビジネスは生産だけでは決まらないものです。開発と生産をセットで考えるとどういう答えが出るのか? と考えると自分は戦えるんです。1次元で仕事をしている人たちに2次元の話を持っていくと、1次元の人たちはなかなか勝てません。

つまり、常に自分は部下の育成を考えるときには、今見ているベストのアイデアに対して、違う視点のものを1個入れると違うプランができるのではないか? と問いかけるのです。

従来の路線に乗っかってアイデアを出すのではなく、そこからひとつ幅を広げ、違う視点で物事を考えられるような人材を育てていけるリーダーシップが自分のスタイルです。

また、日本の仕組みをそのまま持ってくるのではなく、第三者的にニュートラルに物事を見て、ローカルの人たちにとって変なものを変だと感じられるかという感覚も共有したいと思っています。日本ではたくさんのルールがありますが、それを当たり前だと思ってそのまま北米に持ってきても通用しませんから。

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◆そこもカイゼンですね。何か具体的な事例はありますか?

寺師:今回、アバロンの開発に関わるエピソードがあります。2〜3年前にデトロイトモーターショーに行ったとき、ローカルスタッフが他社のブースではとてもスタイリングがアグレッシブなのに対し、うちはとてもコンサバティブで古臭く感じ、新車を置いているのに中古車センターに見えるというのです。トヨタでは、効率を追及するために設計や生産要件に合ったデザインを作るということを前提にしていましたが、他社の車を見ると自分たちの要件から外れたデザインが多々あることにローカルスタッフが気づきました。ならば、自分たちの要件が、もしかしたらデザインを良くするための足枷なのではないかと考えたのです。そこで、良いデザインを作るにはどうしたらよいか発想を転換して考えてみようというのがアバロンを作るスタートでした。

それまでは、最初にスケッチをたくさん書き、それを2〜3選んで、粘土でそれぞれのクレイモデルを作り、どれが良いかを協議して決めていました。しかし2つも3つもクレイモデルを作っていると、無駄な時間が発生します。そこで、スケッチ段階で、まず良いものをひとつだけ選び、それをみんなで実現するために、設計担当者も生産担当者も一緒になってデザインを進めれば良いのではないかと考えました。そうすると、例えば生産の人たちも一緒にデザイン段階に関わることで、ここをもっとこうすれば生産がやりやすいよ、なんていう意見も出てくるわけです。通常、スケッチとクレイモデルはだいぶかけ離れているものなのですが、今回のアバロンは、スケッチとクレイモデルが非常に近く仕上がっています。

これは、だれかが頑張ったというより、みんなが良いデザインを作るために、これまでの仕組みそのものを変えてみようというチャレンジに勇敢に取り組んだからこそ達成できたことなのです。そういう事例はまだまだたくさんあります。

実はもうひとつみんなで決めてカイゼンしたことがあります。

アバロンはカムリをベースにしているのですが、今まではカムリに使用したプラットフォームや部品を、後のプロジェクト、つまりアバロンが共通で使うというスタイルでした。

しかし今回、通常は1年後にいるアバロンの開発陣が、1年前に繰り出してカムリの開発に入り共通部品を一緒に開発するということをしたのです。前のプロジェクトに後ろのプロジェクトの人が入って一緒に開発するという取り組みはこれまでまったくありませんでしたが、このようにすると、まず戦力が倍になります。そして安くて良いものもできます。そして、アバロンのプロジェクトが始まるときにはすでに自分たちの理解したものができているわけですから、あとは品質を一生懸命作り込むだけの開発になるので、開発費も25%少なくすることができました。さらには、最終的に工場で生産準備に入るときに、よく図面変更などもあるのですが、今回のアバロンの場合、設計変更の割合が40%くらい減っています。準備も早く整ったので、立ち上がりも前倒しにできました。

◆最後に、グローバル化をさらに進化させていくための課題やチャレンジはなんでしょうか。そして多様性をどのようにマネージしていけば良いのでしょうか。

寺師:一時、現地化とは、日本人をアメリカ軸に置き換えることが現地化だ、という解釈がされていた時期がありました。グローバル化の発展途中の段階ではそれで良かったのかもしれませんが、その先に進むには、もっと異なる視点を加えなければいけません。ローカルの人が日本に行って仕事をする、日本の人が海外に出向いて仕事をする、または海外同士の中でも人材交流を行ってカルチャーをお互い学びあうというように、多様な人が多様な形で入ってきても成り立つような組織にするのが真のグローバルなのではないかと思います。昔はローカルの人がトップに着くと、必ず日本人がその横でアドバイザリーのような形で付いていたものですが、それも徐々に変わってきて、ローカルがトップでその下に日本人など、さまざまな組織形態も出てきました。人材交流のようなソフトな部分と、組織形態のようなハードな部分、すべての面で多様なことができてようやく、グローバルという第一歩が踏み出せるんだろうなという気がします。

日本のトヨタというのは非常に機能的で中央集権的というイメージがありますが、最近では、地域は地域で自立できるように、機能を超えてクロスファンクションで、そして地域の強みを活かせるような仕事の仕方ができるようになってきました。そこにさらなるグローバル化への方向性が見えてきたと思っています。

【あとがき】

TEMAのオフィスには、至る所にさまざまな情報が貼り出されている。ダイバーシティへの取り組み、トヨタウェイを日常業務に落とし込むプロセス、そしてさまざまな分野での業務プロセス改善プロジェクトの成果などだ。

特に「トヨタウェイ」については、それを構成するチャレンジ、カイゼン、現地現物、そしてリスペクト、チームワークの各要素について、日常業務の中で一人ひとりにとって具体的にどのような意味を持つのか等、フローチャートなどを用いてさらに詳しく説明されるとともに、チームメンバーの個人的見解も貼り出され、価値観の共有が行われている。

このように、日常、目につく場所に情報を貼り出していることで、あいまいになりがちな価値観を明確に「見える化」し、トヨタウェイの価値観を個々人に深く浸透させているのである。理念が共有されている企業は業務パフォーマンスも優れているという調査がある。世界中でだれもが知るトヨタ生産方式を生み出したトヨタ。その強さは、常にチャレンジ、カイゼンしていくという理念共有にあるといっても過言ではないだろう。

そして、グローバル視点で各機能を最適化していくという今のトヨタの姿は、「新たなフェーズ」と寺師氏が繰り返し語っているように、日本企業には数少ない、アドラーのグローバル化第4段階(序文参照)に入ったことを示していると思われる。グローバルな日本企業として先陣を切り、さらなる日本企業の真のグローバル化の先導役となることに大きな期待をしたい。

(JAMAGAZINE編集室)

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